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低単価に追われる業者をインボイスが襲う―伝統技術の灯を消すな―
厚木民商 木地谷 健悟さん民商・神奈川県連がおこなった会員の実態調査では、およそ半数がコロナ禍の影響から売り上げを回復しつつある中で、物価高騰が経営や暮らしを圧迫していることが示されています。相次ぐ消費税増税とインボイス制度の導入をめぐって、これまでの経営が大きく揺らいでいます。大工の道をまっすぐ進む木地谷健悟さん(厚木民商副会長・県連常任理事)は、中小業者にのしかかる困難を実感しながらも、民商の仲間と切り開いていこうと頑張っています。
子どもからの夢は大工さん
子どもの頃から、父の昇さんに連れられて建築現場が遊び場だった木地谷さん。将来は大工になりたいと決めていて、横浜市内にある工学専門学校で測量や構造、強度など、建築関連の勉強をしました。
卒業後は厚木市内の大手ゼネコンに務め、高層マンションなど、コンクリート建築に携わります。休日は父親の仕事を手伝い、めざす大工の仕事を身につけていきました。5年間の務めをやめて、いよいよ戸建てを扱う大工の道に入り、ひとり立ちできるようになります。大工として誠意を持って建てる家、住む人に喜んでもらうことが何よりのやりがいで働き通してきました。
民商はお父さんの代から会員です。木地谷さんも、民商事務局に勧められて10年ほど前に自身も入会しました。民商の支部役員会は忙しくても出席するよう心掛けていて、やり取りされる様々な情報は、商売や暮らしの力になります。迫られる低単価・短納期
新築の戸建て住宅を専門に手掛ける木地谷さん。大工になりたてで、お父さんと一緒に働いていた当時から契約単価は大きく下がっていると言います。一人ひとりの職人に支払われる手間賃は、当時一坪あたり6万5千円ほどだったのが、現在は3万〜4万円です。ひと月の基本給にすれば30〜40万円とれるかどうかです。ここから道具の購入や車の燃料、生活費などをすべて賄います。道具の種類も多くなり、安いものを購入すると壊れやすく、何度も買い替えなくてはなりません。このところの物価高騰は本当に痛手です。とりわけ遠方の現場などではガソリン代が深刻で、収入に対する経費の割合が大きく跳ね上がっています。「大工は一ヵ月、最低でも50万円ないとやっていけないです」と、ため息をつく木地谷さん。道路事情を考え、朝は現場まで2時間を見込んで自宅を出ます。昼食は買えば楽ですが、せめてもの節約にと、仕事の後に値段と相談して食材を買い、弁当やお茶も準備し、やりくりしています。
継承する若者がいなくなる
手間賃の安さや仕事のきつさなどが要因で、現場は人手不足が解消されません。一方で、以前のように丁寧に仕事を進められるような原状ではなく、休みも取れないほど工事期間は大きく短縮されています。
請け負った仕事を納期に間に合わせるためにスピードが優先され、若い職人がいても、ゆっくり教える暇がありません。大手ハウスメーカーなどが進出し、効率優先で建築の技術も様変わりしています。材料を吟味し、木材に墨付けしてきざみ、柱には丁寧に鉋をかけ、道具も大事に手入れする。職人として大切にしてきた技術や理念から遠のく現実に木地谷さんは胸を痛めています。
若手の不足は深刻で、40代までの職人数はこの12〜13年で半減していると言います。技術が継承されず、一棟丸ごと「家」をつくる技術は絶えてしまう、と危惧します。左官・内装・建具・畳・タイルなどの専門職も事情は同様です。インボイスが廃業の引き金
10月に実施予定のインボイス制度。「どうする?」と親会社から連絡がありました。マイナンバーのことなども大工仲間の間でも話題になっていますが、実態が分からない状況だと言います。ただでさえ物価高騰で厳しい中、さらに増税となる制度で、一人親方の廃業が増えるだろうと憂いています。
所得が少ない底辺から税金を巻き上げて、電子インボイスで取引を監視する政府のやり方を変えなければ、と話す木地谷さん。今年も秋に取り組まれる県商工労働部との交渉に参加する意欲で、商売を守り生きていくために、自治体や国に業者の実態と要求を伝える決意です。