【神商連しんぶん2015年4月号】
  • 商売と地域を元気にしたい!岡本はじめさんを県知事に「商売繁盛」の神奈川をつくろう

    現知事は「大企業の成長を支援し経済成長のエンジンを回す」と医療特区、ロボット特区をつくり、日本で一番もうけやすい県を目指しています。中小企業振興は活性化条例を棚ざらしにし、予算に占める商工費は1・01%で全国最下位。今年度予算では中小企業への金融支援を45億円から25億円に減額しています。 大企業が潤えば、中小企業や県民の暮らしもよくなるというのは幻想です。「インベスト神奈川」で莫大な補助金を使ったのに、雇用も仕事も増えていません。 小企業振興が国と自治体に義務づけられました。県の経済政策の重点を大企業から小企業・家族経営に切り換えるチャンスの県知事選挙です。

    商売を元気に続けたい
    商店での対話では「商売を続けたいが、仕入れや原材料の高騰、消費税増税の影響で売り上げが減って不安」「将来へ展望が持てない」という声が多数です。 「お店の設備を直したいけどお金がない」「設備が壊れたら廃業を考える」。行政の補助があれば「設備を直したい」など、行政の中小業者支援政策に期待する声が寄せられています。高崎市の商店へのリニューアル助成制度で、経済波及効果の高さと中小業者の商売への意欲につながることが証明されています。現知事が商店へのリニューアル助成を「お金がないから」とやらない理由はみつかりません。「中小業者支援で仕事おこしを」「地域を元気にする商売を続けたい」と願う小企業・家族経営支援の政策を迫りましょう。

    中小業者を元気にします
    岡本はじめさんはなにより、経済を支える担い手である小企業・家族経営を応援してこそ地域経済の活性化につながると訴え、中小業者の支援で経済を潤す地域循環型経済への転換を政策の柱にすえています。
    岡本はじめさんを県知事におしあげ、'商売繁盛'の神奈川を実現させましょう。

  • 3.13重税反対統一行動 全県で元気にアピール!消費税10%絶対中止! 納税者の権利を守ろう!

    3・13重税反対全国統一行動は、3月13日に「国民のいのちと暮らし・経営を守るため、消費税10%増税は中止させよう!憲法と民主主義を守り、戦争する国づくりにノーを!」などをスローガンに掲げ、県内18ヵ所で154団体、約4,000人が参加して各地域で元気におこなわれました。

    相模原集会では、「私たちの財布はゼィゼィ増税病を罹っている。我々業者は安倍内閣に負けてなるものか」と決意が固められ、派手な仮装で賑やかにパレード。

    厚木地区集会には220人が集い厚木民商婦人部が要求おしゃもじプラカードで元気にアピールし集会を盛り上げました。

  • 戦後70年 平和への願いをいまこそ、声に!行動に!集団的自衛権にNO! 2.21かながわ大集会

    集団的自衛権の行使容認の「閣議決定」に反対して、「考えよう!集まろう!声を上げよう!集団的自衛権にNO!かながわ大集会」が2月21日、山下公園で開かれ、8000人以上が参加しました。集会は、横浜弁護士会が主催し、会場には、平和・市民団体の人たちが旗やのぼり、プラカードを手に多数つめかけました。浜矩子同志社大学大学院教授など各弁士の訴えに真剣に聞き入り、声援や拍手で応え、「戦争する国づくり」をさせない気持ちをひとつにしました。集会後、市内をパレードしました。

  • 3.1ビキニデー 静岡県焼津市

    原水爆禁止日本協議会が主催する日本原水協全国集会・国際交流会議が静岡県焼津市で2月27日、「被爆70年、2015年NPT 核兵器全面禁止へ 非核と9条輝く日本を」をテーマにおこなわれました。3月1日には被災61年2015年3・1ビキニデー集会が開かれ、国内外から2,000人が参加。ビキニ水爆実験被害者の証言や全国の運動交流、久保山愛吉さん墓参平和行進をおこないました。神奈川からは昨年を上回る162人が参加し、神商連から3人が参加しました。
    ビキニ環礁での水爆実験から61年。第5福竜丸だけでなく1,000隻を超える被災船があったことが厚労省などの発表資料で新たに明らかとなったこと、被爆の事実を国によって封印された高知の漁師さんたちの生々しい証言や、南太平洋の島々では今なお原爆症に苦しめられている人が大勢いる事実が報告されました。参加者は核兵器廃絶へ運動をつなげようと決意を固めあいました。

  • 3.1朝鮮独立運動記念集会に寄せて

    みなさん、「3・1独立運動」をご存知でしょうか。
    3月1日、日朝協会は埼玉県内で「日韓条約50年。植民地支配と向き合う歴史認識が問われている」と題して講演、文化交流をおこないました。「3・1独立運動記念集会」は首都圏地域で毎年開かれています。
    3・1独立運動は、朝鮮が1910年に日本に併合され、日本がさまざまな近代化政策を行っていた1919年3月1日から始まります。日本の植民地支配からの独立を叫び、「独立万歳」と平和行進をしました。運動は朝鮮半島全体に広がり、200万人以上が参加しました。日本政府は約6,000人の軍隊を派遣し、これを鎮圧しました。この運動による死者7,500人、逮捕者は46000人にのぼります。提岩里教会事件(ていがんりきょうかいじけん)では、日本の官憲隊が15歳以上の男子を協会に閉じ込め火を放ち、女子を含めて23人を銃撃で虐殺しました。
    私は実際にこの場所を訪問して歴史を学んできました。韓国ではこの日を3・1独立運動記念日として毎年多くの記念行事がおこなわれます。
    戦後70年。日本が起こした侵略戦争を二度と繰り返さないために、この事実を知らせていきたい。できることから一歩ずつ・・。

  • NPT再検討会議にむけて

    私は日々アピール署名にとりくんでいます。街頭で、また知人にSNS等を通じて核兵器廃絶への想いを訴えています。現在はオンライン署名(ネットでできる署名行動)を含む250人分が集まっています。署名の「輪」は広がっています。出発する最後の一秒まで行動し、多くのみなさんの「想い」を届けたい。最後までご協力よろしくお願いします。

  • NPT再検討会議にむけて

    「戦後70年、唯一の被爆国日本から声を大にして核兵器廃絶を」と、私は役員会、勉強会、いつでもどこでも常に折鶴アピール署名とカンパ袋を持ち歩き訴えています。厚木民商婦人部が一丸となってとりくんでくれ、仲間の想いに胸が熱くなります。みんなと集めた署名は771人分となりました。想いを込めた折鶴と署名を一つでも多くニューヨークへ持っていきます。

  • 日本中のニーズにこたえて(2015年4月号 vol.292)
    三浦民主商工会 会長:立本 昭治さん「平成マリン」船舶エンジニア
    三浦市白石町1-9 TEL:046-881-3864

    私が商売をたち上げたのは、平成元年の4月1日でした。5月8日生れの私が46歳になる直前で、まだバブル時代でした。船舶の可変ピッチプロペラのメンテナンス工事を含めたアフターサービスが主で、ずいぶんと忙しかったですね。
    一度家を空けると仕事の先々へ会社から連絡が入り、1か月があっという間に経ちました。また色々な所にも行きました。船の入る港や造船所へ、北は北海道の稚内から南は九州沖縄、与那国島まで行きました。当時は宅配便が現在ほど普及していなかったため、大きな重たい荷物を持って現地に出向いたものでした。船舶関係のトラブル工事は急ぎのため、徹夜で仕上げる事が多く、事故やけがには細心の注意が必要でした。
    じきに74歳になります。「健康は何事にも勝る」です。今でも造船所から工事指名がかかり、今年に入って1月は兵庫県相生、2月は広島県尾道、3月は1日から10日まで静岡県清水と全国を駆け回り、民商活動がおろそかになっていますが、商売あっての民商です。これも仕方なしか?

  • ふいごとそろばん(2015年4月号 vol.292)
    川崎中央 財政部長 鏡 専一さん

    私は秋田県湯沢市、秋田杉で有名な山林と農村地帯で育ちました。現在、朝ドラ「マッサン」で放送されている昭和18年。あの頃私は小学校4年生で、召集令状が村人に手渡される姿、近所の女性が集まって千人針を縫う姿を見届けました
    ▼私の3人のおじが戦争にかり出され、出征兵士の歌に送られて行きました。マッサンの歌詞の文句は変わっているけれど、日の丸の小旗を振ってお国のために手柄を果たせと言いながら、小声で「死ぬのはいやだ」と言う場面に、胸が熱くなりました
    ▼おじの一人があの沖縄のたたかいで、神風特攻隊魚雷船に乗り、敵の戦艦に突進して戦死しました。戦死の内容を一緒に志願された方から知らされました
    ▼村には男性がほとんどみられず、私たちが農家への勤労奉仕で学校へ行くと黒板にその日の行き先が書いてあり、先輩の後を鍬と鎌と荷物を背負っていきました
    ▼終戦の頃は勉強はほとんどなく、朝学校へ行くと先生が兵隊となって出兵していました。その頃のクラスは60人学級でした。もう二度とあの時代は経験したくないです。命を大事にする平和憲法であってほしい。

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